東電、役人、同種のばい菌
 天下った東電元社長、清水の超セレブ生活
  2012年10月18日 Excite News

東電元社長、清水正孝(68)も業務上過失責任が問われて当然。
勝俣と清水の事故後のあり方はまったく対照的だ。

清水は、勝俣が清水を社長に選んだ理由は「馬力があるから」た。
清水は筋力を鍛えるために常に脚に1キロのおもりを付けていた。
だが、その「馬力」は3・11当日に使われることはなかった。
清水は仕事と偽って、夫人と奈良旅行を楽しんだ。
事故後の対応もふぬけぶりを示した。

1号機、3号機が爆発したあとの11年3月14日、福島第一原発から東電が撤退しようとしている、との情報が官邸に入る。のちに「全面撤退」か「一部撤退」かで問題になる事案だ。

官邸に呼びつけられた清水は、「撤退なんてありえませんよ」と当時の菅直人総理に言われると、「はい」と答えてモジモジしているだけだった。
不安になった菅は、東電本店に細野を常駐させる対策本部を作った。

清水はその後、独り言を言うようになり、3月16日に倒れ、社内で休んでいたが、同月29日には入院。

4月11日には、謝罪のために福島を訪れた。
だが、連絡のミスで、佐藤雄平福島県知事と会見できない、という失態を演じる。
かえって、福島県民の怒りを駆り立てた。

その後、清水は、雲隠れする。
東電病院、四国の親戚、慶応病院、順天堂病院などを転々と。
その入院中に、都内に買った高級マンションのローンの残高を一括繰り上げ返済。
神奈川県内に実家があったが、我々のスタッフが調べると、すでに売却済み。

清水が住む都内の一等地に見上げるようにそびえるタワーマンションには、ゲストルームやバーラウンジまであり、買い物の手配をしたり、面倒を見てくれるコンシェルジュが24時間稼働。

スタッフが直撃取材を試みしたが、失敗。
何せ出かける時は、ポーターのいる駐車場から、そのまま車で出て行ける環境。
東電社長としては、無責任極まりない事故から“逃亡”したように、今も口うるさい他人とは会わない生活を送っているのだ。

今年春、清水は東電が筆頭株主である富士石油に「天下り」。



我々のスタッフが問い合わせたところ、「社外取締役なので、出勤はしません」とのことで、やはり接触はできなかった。
大熊町から避難し、いわき市内の仮設住宅で暮らす主婦はこう語る。

「こちらは2LDKに6人家族で住んでいます。元の住まいに帰れるかどうか、まったくわからない状態で希望も何もなく、ストレスだけがたまるばかりです。事故の責任者である社長が、タワーマンションに住む贅沢な生活をしているなんて、おかしくないですか」
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by fighter_eiji | 2012-10-18 17:55 | Children’s Times
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