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「 黒澤明特別番組 」 で紹介された文面
先ほど (30分ほど前) NHK-BS2 『 黒澤明・特別番組 』 で
紹介された手紙のオリジナル文面を紹介します。
(テレビでは匿名扱いでした。 黒澤さんの特番に
[ 吉川英治から手紙が届いた ] と言うと、作家と同じ名前
だから、びっくり混乱する視聴者も多いだろうと
司会の渡辺さんが言ってました )

  === 手紙 ( Jun 12, 2008 ) ===


私は大学生だった1979-1982年頃に、浅草東宝の
オールナイトで、黒澤さんの映画を何本も、何度も観ました。
1000円で5本位観られるのですが、場所がら、日雇いや家のないおじさんたちも、安宿がわりに毎回30-50人位は
来ていました。
この人達は、映画よりも寝床目当てです。黒澤さんを意識して
いない人も多いはずです。
他の観客もだいたい30-50人位で、彼らは浅草六区まで
来て、朝まで黒澤さんを観たいという
「 映画狂 」「 黒澤狂 」 です。
その大部分はお金はないけど、向上心や好奇心は旺盛な
貧乏大学生です。

『 素晴らしき日曜日 』 は、このオールナイトにはひんぱんに
含まれていました。
上映順を見れば分かるんですが、活劇の間には 「 息抜き 」 の小作品も必要だからでしょう。
先ず、劇場が大きな笑いで包まれるのは、ふたりがアパートを
探すシーンです。
「 安いのを見つけた 」 と思ったら、窓口のおじさんが
「 日は絶対に当たりません 」 とか 「 こんなところに住む
もんじゃない 」 と主人公に言うシーンは、実際にその夜、
映画館を宿にしている観客には、他人事ではないんです。
実際に住んだところを思い出させたり、似たような体験をみんな
持っているから、見ていてすごく可笑しいんですね。
あの窓口のおじさんも、どこか心に思い当たるわけです。
これは、のちに銀座で同じ映画を観た時には、反応はまったく
ちがいました。
お客さんの層や生活感のちがいです。

「 映画はどうでもいい。 泊まれさえすれば 」 といびきもかいて
いる人達も多いのですが、北風の吹きすさぶ野外劇場のシーン
ではみんな目が醒めます。
自分もそうした体験をしているからです。
例の拍手のシーンでは、まず宿のないおじさんたちが、
ためらいなくパチパチパチパチ拍手していました。
一生懸命拍手していました。
他の貧しい学生たちもパチパチで、毎回、劇場がとても
あったかい雰囲気に包まれ、劇場がひとつになるのが
『 素晴らしき日曜日 』 でした。
おそらく映写技師も含めて感動していたはずです。
それは映画の感動を超えた 「 人間の心の連帯 」 です。

あのお金がないけど、夢をあきらめたくない主人公たちの
気持ちが分かる人達です。
ふところは寒いけど、みんな心があったかいんですね。

まだそれで終わらないんです。
朝の5時前にオールナイトが終了し、白んだ空の下、
朝の冷たい風が吹く浅草六区にみんな放り出されるわけ
ですが、始発の電車が動くまで、観客の半数くらいが、
唯一開いている牛丼屋さんに入ります。
カウンターに座った男たちは、口はききませんが、お互いに
チラリと見合う視線で分かるのは、彼らは勇気をもらったと
いうことです。
生きる希望をもらっているのです。
相変わらずポケットはすっからかんの主人公が、
最後の駅のシーンで人の吸い殻を拾わなかった勇気と誇りを、
彼らもしっかりと受け止めているんです。

彼らの普段の生活は、おそらく 「 踏んだり蹴ったり 」
にまちがいありません。
そうでなければ、劇場に1000円で泊まりません。
私は当時ボクシングをやっていましたから、毎日コテンパンに
殴られて、減量のため腹は減って、悲しかったものです。
みんなおそらく、ソックスも靴も穴があいています、主人公たちや
私と同様に。
でも、この映画がその心の穴をうめてくれるんです。

「 きついことには変わりないけど、オレだけじゃない。
またしっかりやっていこう 」 という勇気をこの映画が
くれるんですね。

面白いことに、他に数ある勇壮な黒澤作品よりも、この現実の
生活と結びついた小さな作品が一番みんなの心を
打っていました。
それは、一緒に劇場の空気を共有するから分かるんです。

『 素晴らしき日曜日 』 は、活劇の間の 「 つなぎ 」 の役割を
持っていたのですが、その 「 つなぎ 」 が一番インパクトを
持ち、観客同士、観客と映画を 「 つないだ 」 わけです ・・。

黒澤作品のベストは?ときかれても私は答えられません。
それは、全作品が一大叙事詩となっていて、それぞれの
作品は一章、二章という 「 章 」 のようです。全部を観れば
それが分かります。
タフガイもヒーローも出てこない、アクションシーンも合戦も
ない 『 素晴らしき日曜日 』 はベスト作品というか、
本当に 「 素晴らしい一本 」 です。
あの牛丼屋さんで連帯を感じたあのおじさんや学生達は、
今どうしているんでしょう。
あの深夜の劇場で、みんなで画面に向かって拍手を
おくった時の気持ちを忘れずにいてほしいものです。

その後、私はプロボクシングのコーチになりましたが、
黒澤さんに教わった 「 人の道 」 をボクサーに伝えています。
黒澤監督作品がどこかで上映される時には、
選手や若者たちに 「 必ず観て来い。 オレの練習に来るより
100倍以上いいから 」 と言います。
また、映画の専門学校の講師もしていますが、ここでも
「 先ずは黒澤作品を観るように 」 と言っています。
黒澤さんの映画を一本も観たことない人がたくさんいるのは
驚きです。
どの作品を観ても、必ず正義や勇気や希望を与えてくれるのに。

学校の教科書が大嫌いだった私にとって黒澤さんの全作品が
「 人生の教科書 」 です。
完全に映画を超越しています。


東京都
ボクシング・コーチ
吉川英治

PS. 余談ですが、黒澤さんやチャップリンの映画が、
のちに (2001年) 日本初の民間パトロールチーム
「 ピースメーカーズ 」 を作った精神基盤にもなっています。
( これは村人のために命をかける 『 七人の侍 』 からの影響が
大きいはずです。 そう思ったことはなかったのですが、
このお手紙を書いていて気がつきました!)

『 七人の侍 』 から生まれた 『 荒野の七人 』 で悪役を演じた
伝説的名優イーライ・ウォラックさんが、その後、自宅によんで
くれたりして仲良くなったのも不思議な縁だなと、
これもこの手紙を書きながら思い当りました。
by fighter_eiji | 2008-09-04 23:17
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