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2011年 02月 05日 ( 2 )
Grandmaster cheaters
Sumo guys not just throw games, but also
swindle money in any way they can.
Big fat meatballs.

  - Mainichi News (Feb 5, 2011) -

  元春日錦、08年訴訟で陳述書 「潔白主張」
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▲ 竹縄親方(元前頭・春日錦)
両国国技館で2011年2月2日、武市公孝撮影

 八百長疑惑で、相撲協会に八百長への関与を認めた元前頭・春日錦(35)=現竹縄親方=が08年、講談社を相手取った名誉毀損(きそん)訴訟の原告として「八百長など一切していない」とする陳述書を東京地裁に提出していた。
前頭・豊桜(36)も八百長を否定する陳述書を出していた。
訴訟は10年10月に最高裁で確定するまで争われており、元春日錦は八百長に関与する一方で、裁判では潔白を主張。【森本英彦】

 週刊現代が07年に朝青龍らの八百長を報じたことに対し、協会と力士ら30人は計6億1600万円の賠償を求め提訴。
記事に元春日錦や豊桜の名前はなかったが「ガチンコ(真剣勝負)力士は12人だけ」と書かれたため、疑惑を持たれたとして原告に加わった。

 08年7月に提出した陳述書で、元春日錦は「私は八百長など一切行っておりませんので、記事は事実ではありません。八百長をしているかのように思われてしまい、私の名誉は大きく傷つきましたので、この裁判で、傷ついた私の名誉を回復したいと考えています」と述べていた。

 同誌はその後、元春日錦と元幕内・若ノ鵬=大麻所持事件で解雇=の八百長疑惑を報道。
この記事にも08年11月の陳述書で反論し
「絶対にそのような事実はありません。私は若ノ鵬とプライベートでの交流は一切ありません」と訴えた。

 豊桜も08年7月に提出した陳述書で「八百長など一切行っていない」と主張していた。

 1、2審は「記事が真実との証拠はない」と認定し、最高裁も10年10月に講談社側の上告を棄却。
計3960万円の支払いなどを命じた2審判決が確定し、計44万円の賠償金が2人に支払われた。

 野球賭博の捜査で警視庁は元春日錦の携帯電話を押収。
10年3〜6月に元春日錦が「後20で利権を譲りますがどうですか?」「昨日お願いされたからとりあえずコケます」と八百長をうかがわせるメール22通を送っていた。

 協会の放駒理事長(元大関・魁傑)は2日の会見で「過去に一切なかった、新たに抱えてしまった問題」と述べ、これまでは角界に八百長はなかったと強調していたが、陳述書の信用性が問われる事態。


  ==

ウソをつくことは、偽証罪という大罪。
協会の理事長の元・魁傑も大ウソツキ。
ずっと前からやってるのを知ってるはず。

そんなゴミどもが親方だから、子分もカス。

そんなやつらが30人も束になって告訴し、
裁判官もインチキ詐欺師だから彼らに大金を払った。
それは、みんなのママやパパの働いたお金。

インチキを知ってて、今まで報道・放送をし続けた
NHK も共犯。
今は、八百長報道して、いい子のフリしてる。

強かったウルフ千代の富士なんか、みんなのヒーロー
だったけど、結局は犯罪者。
ブッシュが来たら、歓迎パーティにホイホイ行く野球の
長嶋なんかも話にならない。
大ヒーロー、王選手が、監督だったソフトバンクの選手たちは
未成年で飲酒、タバコ、パチンコの毎日。
メダルをもらうと、石原みたいな極端に腐った人種差別者に
あいさつに行くアスリートたち。

スポーツには、とんでもない破格なバカがいっぱい。
by fighter_eiji | 2011-02-05 11:44 | English
真珠湾、愛媛とハワイ
子供たちへ :

軍隊に入ると、いろんな形で人殺しになる。
それは、悲劇。

この事故の日、エイジはちょうど愛媛県にいた。

   - 時事通信 (Feb 5, 2011) -

       衝突の記憶「墓場まで」
  生存の船員、引け目も―えひめ丸事故10年  

ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が
原子力潜水艦に衝突され、9人が死亡してから10年を迎える。
子どもや夫を亡くした遺族、生き残った生徒や船員は10年間、
心の傷と闘いながらそれぞれの道を歩んできた。

 「墓場まで記憶を持って行きますよ」
甲板員だった村井正男さん(61)。

 「ドーン」という音と同時に2、3メートル飛ばされた。
起き上がると、潜水艦の船尾が目に入った。
船内に走って「全員上がれ」と叫んだが、
海水が下から激しい勢いで迫ってくる。
「全員飛び込め」の言葉に、救命胴衣も着けず海へ。
必死に泳いだ。

 「ゴオッー」という音に振り返ると、船が縦になり、
船尾から沈んでいた。
「沈む時に泣くと聞いていたが、こういう音なのか」。
衝突からわずか5分ほどの出来事だった。

 事故後1年間は特につらい日々を過ごした。
「なぜ生徒を助けなかったのか」。後ろめたさを感じた。
助ける時間などなかったと頭では
分かっていても、何度も自分を責めた。

 それでも新しく建造されたえひめ丸に再び乗った。
「県の職員である以上、生徒のことも考え、奉公を全うしないと
いけない」と自分に言い聞かせたが、
「ハワイに行けば(亡くなった)皆に会える」との思いもあった。

 事故の記憶は何度もよみがえった。
忘れたい気持ちもあったが、「絶対に忘れることはない」
ハワイへ実習に行くたび、慰霊碑や現場で黙とう。
「また来たよ」と心の中でつぶやいた。昨年3月に定年退職。
漁師となり、福井県三国町で今も船に乗っている。 
by fighter_eiji | 2011-02-05 11:31 | Children’s Times